Candle建物自然

「クリスマス企画 キャンドルで綴るMURORANの自然・歴史、そして3人の文士の物語」について

学館会員 村田正望 & HOQSEI CANDLE MUSEUMグローバル時代、IT時代はコピーではない“オリジナリティ”が重要になる時代です。

この数年、この人口9万人の小さな街室蘭のオリジナリティを見たい、知りたいという人々が豪華客船に乗り、バスに乗り、国内外からやってきます。

では、室蘭にとってオリジナリティとは何か?と考えたとき、それを象徴する施設がなんと市内に4箇所もあります。「文学館」、「美術館」、「科学館」、「水族館」。

「文学館」、は、この室蘭で生まれ育った、関わった人が文章として表現した、“いま現在”と過去のものが展示してあり、読み、調べることができます。
「美術館」は、この室蘭で生まれ育った、関わった人が見た自然と人の情景を色彩で表現した“いま現在”と過去のものが展示してあり、ここに生きた人の感性を目で見て感じることができます。
「科学館」は、手作りレトロ感のある実験&展示施設、工場の技術展示、北海道最大の石炭積出港であった室蘭を象徴するSL、噴火湾のシルエットが見られるプラネタリウムで室蘭らしさを体感できます。
「水族館」は、暖流と寒流がぶつかり合う噴火湾の入口で見られる、暖流、寒流の魚たちを海に潜ることなく観察することが出来ます。

ノーベル賞作家もいなければ、セザンヌもありませんが、すべて室蘭に住む人がここを描きだした“ここにしか無いまったくのオリジナル”です。

さらに、「文化センター」には、ダンス、お琴、バレエなど様々な表現の場があって、もし豪華客船の来る日にあわせて発表会が行われるのであれば、豪華客船から降りてきた人々、地域のオリジナリティを求める国内外の人々は、今を真剣に生きる市民に会うことが出来、市民もいきなり国内、世界に向けて発表することができるようになります。そして、ITは、このようなときに非常に有効に活用でき、価値が伝われば世界もまた発信してくれるでしょう。

これに、歴史を五感で感じることのできる100年になる建屋たち(これが意外にある)、世界で唯一の“地球の岬”もある室蘭八景、生きている工場とその夜景などの情景を加えると、私はまるでディズニーシーの世界のような観光ワールドになるのではないだろうかと思います。
そうであれば、まず私たち市民自身がこの街の歴史を知っておく必要があるでしょう。

今回の展示は、室蘭の自然をキャンドルのミニチュアで表現し、直感的に室蘭の情景を共有。
現在の室蘭につながる産業の黎明期を時間軸に乗せ、その時代に3人の文学士が描いた3人3様の室蘭の姿、視点の違い、そして室蘭の歴史の重要さに繋ぐべく企画しました。私たち一人一人の記憶こそ本物の歴史です。自然、歴史、それを描いた文学の一部をクローズアップし、毎日1時間くらい、室蘭の歴史と情景写真を見ながら座談会を致します。

3人の文士について
室蘭の港は、トキカラモイ(現・緑町)に出来、官庁をはじめ基幹産業の町並みが出来ました。ここに、札幌から道路、鉄道が延び、石炭の積出港としての歴史の第一歩を踏み出します。
北炭(一部上場)が本社を室蘭に移転すると、日本製鋼所、輪西製鉄所の創業、三井三菱住友の3大財閥も進出。現在の旧室蘭駅もこの時期に建設され、この旧室蘭駅から現在の白川米店の海岸通り、そして、白川米店から八幡神社へ続く旧札幌通りが栄えました。この地の入口として、この時代に、室蘭の地に生まれ、関わった3人の文士へ繋ぎます。(以下、wikipediaより)

葉山嘉樹1894-1945  ・・・筑摩書房、明治書院などの高校の教科書に載っています。
葉山 嘉樹(はやま よしき、1894年(明治27年)3月12日 – 1945年(昭和20年)10月18日)は日本のプロレタリア文学の作家である。福岡県京都郡豊津村(現・みやこ町)出身。
士族の家庭に生まれる。旧制豊津中学(現福岡県立育徳館高等学校)から1913年に早稲田大学高等予科に進学するも、学費未納により除籍。その後、船員としてカルカッタ航路や室蘭-横浜航路の貨物船に乗船した。このときの経験が後年の作品の素材となっている。
既存のプロレタリア文学が観念的、図式的であったのに対し、葉山の作品は、人間の自然な感情をのびのびと描き、芸術的完成度も高かった。特に「海に生くる人々」は、日本プロレタリア文学の傑作といわれる。

知里真志保1909-1961 ・・・アイヌ人としてアイヌ語地名、物語りなどをまとめた文学博士。
知里 真志保(ちり ましほ、1909年2月24日 – 1961年6月9日)は、アイヌの言語学者。文学博士。専攻はアイヌ語学。姉は、『アイヌ神謡集』の著者・知里幸恵。大学での指導教授は、金田一京助。北海道幌別町字登別町(現在の登別市)出身。室蘭中学卒業後、旧制一高、東大。
アイヌ民族の視点からアイヌ語を理論的に研究し、『分類アイヌ語辞典』で朝日文化賞を受賞。その他にも、アイヌ語地名研究者の山田秀三とも共同しながら、アイヌ語学的に厳密な解釈を徹底させたアイヌ語地名の研究を進め、数々の論文や『地名アイヌ語小辞典』などを刊行し、北海道の地名研究を深化させた。また、言語学者・服部四郎との共同で北海道・樺太各地のアイヌ語諸方言の研究を行いアイヌ語の方言学の基礎を築いた。その業績はもはや「アイヌ学」という一つの学問を築き上げている。文学博士。北大名誉教授。

八木義徳1911-1999 ・・・室蘭の情景が浮かぶ文学。芥川賞作家。
八木 義徳(やぎ よしのり、1911年10月21日 – 1999年11月9日)は、日本の小説家。日本芸術院会員。北海道室蘭市生まれ。旧制室蘭中学校から北海道帝国大学水産専門部に入学するも中退。後に第二早稲田高等学院を経て、早稲田大学文学部仏文科卒。高等学院時代に中村八朗、辻亮一、多田裕計らと同人雑誌「黙示」を創刊し、大学時代には第三次『早稲田文学』復刊に参加する。

有島武郎とドストエフスキーに心酔し、横光利一に師事、1937年、『海豹』発表。満州理化学工業に入社、1944年、応召中に「劉広福(リュウカンフー)」で第19回芥川龍之介賞受賞(小尾十三「登攀」と同時受賞)。